ながつま 昭 (長妻 昭)

(詳しくは、末尾の「なぜ、国会議員になったのか」をお読みください。)
経歴
【誕生】
1960年6月14日
東京都練馬区で祖父・父とも警察官の家に生まれる
【小学校】
練馬区立開進第二小学校
自転車が大好き:友達と自転車で遠くまでサイクリング
動物や魚が大好き:休みの度に石神井公園で魚・ザリガニ取り
科学やSF小説が大好き:友達と科学教室に通う
【中学校】
練馬区立開進第二中学校
映画とビートルズが大好きになる
【高等学校】
東京都立練馬高校
学校のイベント企画や豊島園のアルバイトに楽しみを見出す
ハンドボール部・バトミントン部所属
【大学】
慶応大学法学部法律学科
音楽クラブ(リアル・マッコイズ)でバンド活動 新田ゼミで民法を猛勉強
リクルートでの長期アルバイトは貴重な経験
【平成維新の会】
平成維新の会(大前研一主宰)事務局
日本を大きく変えねばという使命感に突き動かされた 大前研一氏の都知事選を手伝う
当時、交流した、志ある人たちの多くが議員となり活躍している
政治への道
1996年10月 衆議院選挙に立候補(東京10 区:「新党さきがけ」から「民主党」公認となる)
※選挙の直前に日経ビジネスの先輩記者からいただいた激励の手紙は今も大切にしている(下記末尾参照)
落選 予想を超える多くの仲間がボランティアとして手伝ってくれた 感謝しかない
地盤・看板・鞄の無い中での選挙の厳しさを痛感する その後、ほぼ4年間の苦しい浪人時代
2000年6月 | |
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2009年9月 | |
2012年 | 衆議院厚生労働委員長 就任 |
2015年 | |
2017年10月 | |
2018年10月 | 立憲民主党代表代行 兼 選対委員長 就任 |
2020年10月 | 立憲民主党副代表 |
(※)初出馬の際、先輩記者からいただいた激励の手紙
長妻らしい選挙をすべきだと思います。傲慢になれ、と言うのではなく、卑屈になるな、と言いたいのです。
政治家として世直しをするのが目的の候補者には、政治家になることが目的の候補者とは違うスタイルがあって然るべきです。
選挙に落ちればただの人、が現実かも知れませんが、現実に妥協を重ねて行けば、現実に絡め取られて、何のために、があやふやになります。
日本の現実は変わっていなくても、変えようとする人間の矜持を忘れずに、他候補との“違い”を堂々と出していくべきでしょう。そうすることで、活路が開けるはずだし、そうでないなら、長妻代議士誕生の意味はありません。悔いのない、自分の選挙を貫いてください。
役 職
立憲民主党副代表、選挙対策委員長代行
趣 味
読書、カラオケ、妻と散歩著 作
「招かれざる大臣」(朝日新書) 「消えた年金」を追って(リヨン社) 「闘う政治」(講談社)他愛読書
「夜と霧」 「徳川家康」 「三国志」好 物
麺類、納豆、マーボ豆腐、葛餅座右の銘
「一日一生」 「至誠通天」 「而今」なぜ、国会議員になったのか
NECを経て1989 年「日経ビジネス」という雑誌の記者になり、「不良債権問題、日本経済の時限爆弾」という特集記事のため、官僚や政治家を取材しました。 そこでの衝撃が、私が政治家になったきっかけです。当時はバブル経済が崩壊して、銀行の不良債権問題が騒がれていました。 しかし、官僚や政治家は深刻な問題とは理解せず、手をこまねいて傷口を広げてしまいました。