ドイツ視察報告

ドイツ経営者団体連合会での懇談の様子

ドイツ労働総同盟ホフマン会長と
民主党共生社会創造本部として、10月4日~10月10日に、ながつま昭(共生本部本部長代行)は、山井和則衆議院議員、大塚耕平参議院議員とともに、労働・雇用政策、社会保障政策、社会的包摂政策や弱者対策、生産性の高い経済政策などを実現しているドイツを視察しました。
以下は、ドイツ視察の報告書です。
民主党共生社会創造本部 ドイツ視察団 報告書
ドイツ視察団長 長妻昭
1.視察日程
10月4日昼 日本発
4日夜 ドイツ・ベルリン着
5日~7日 ベルリン
7日夕 ベルリン発、ミュンヘン着
8日~9日 ミュンヘン
9日夕 ドイツ発
10日朝 日本着
2.視察団構成
団長 長妻昭 共生社会創造本部長代行(党代表代行)
委員 山井和則 同本部幹事(党NC厚生労働大臣)
大塚耕平 同本部幹事(党政調会長代理)
(随行 党本部役員室 勝浦博之)
3.視察目的
共生社会創造本部では、党綱領にある「共生社会」の構築に向けて検討を続けてきた。これらの検討を踏まえて、高いレベルの労働・雇用政策、社会保障政策、社会的包摂政策や弱者対策、生産性の高い経済政策などを実現しているドイツを訪問し、これまでの取り組みや現状、今後の方向性などについて調査を行う。共生社会の創造に向けて、我が国でも若年者を中心とする労働市場改革が重要なポイントであることから、「ハルツ改革(*)」についてドイツ国内の政界、経済界、労働界がどのような評価を行っているかを調査すると共に、若年者の失業率の低いドイツの雇用管理、職業訓練システムなどについても調査を行った。合わせて、NATO域外派遣を禁止されていたドイツ軍について方針を改めて域外派遣を可能とした経緯や国内の反応、欧州にとっての喫緊の課題となっている難民問題についても調査を行った。
(*)ハルツ改革…失業保険と生活保護の統合、派遣労働の拡大、職業紹介サービスの近代化などを内容とする、ドイツ史上最大の労働市場改革。年金改革、医療保険改革と並び、シュレーダー前首相の進めた「アジェンダ2010」の柱の一つであり、日本国内では「ハルツ改革が現在の独好景気をもたらした」との指摘がある。
4.訪問先一覧
ドイツ視察訪問先一覧
5.総括
今回のドイツ視察では広汎な知見が得られ、今後の党の政策形成や活動に対して数多くの示唆が得られた。概略は以下の通りであり、共生社会創造本部のとりまとめに留まらず、党活動全体にこれを活かしていくべきだと考える。
(共生本部とりまとめに向けて)
①今回の視察の大きなテーマであった「ハルツ改革については、日本国内では独経済の強さの理由に挙げることが多いが、ドイツでは肯定的な評価も一部にあったが、想定よりも否定的な見解が多かった。全体としてみれば、以下のような評価であった。
○相対的に見れば社会保障の合理化、雇用の流動化を促進するハルツ改革であったが、その改革を実行した後でもドイツの社会保障制度、雇用制度は日本を上回る水準であり、生活者、労働者の安定・安全の度合いは高い。
○EU最強と言われる現在のドイツ経済の主な要因は通貨統合によるドイツの国際競争力向上であり、これによりEU域内、域外への輸出が大幅に伸びたことにある。
○ハルツ改革により派遣労働やミニジョブ(低賃金労働)が拡大し、ドイツにおいても「ワーキングプア」という言葉が生まれたことに対する批判・反省は多く、この点は総じて失敗と総括されている。現在はその修正が課題となっており、今年1月にドイツで初めて導入された最低賃金もその一環である。ドイツにおける全国レベルでの最低賃金の導入は初めてであるが、懸念されたリストラや倒産といった弊害は、現在のところ見られない。
②「同一労働同一賃金」「労働時間規制」と言った労働者を守る制度の水準が高いドイツにおいても、非正規や派遣労働者の拡大は社会的な問題となっている。これらの制度が不十分な日本では、非正規や派遣労働者の拡大により慎重になるべきであり、法規制や雇用慣行の見直しを通じて更に強力に正規・安定就労を進めるべきである。
③共生社会の創造に向けた大きなテーマは、若者や女性の安定就労であるが、ドイツはデュアルシステムによりこの課題に対応している。デュアルシステム自体はドイツ社会の歴史、文化、国民性に根ざしており、これをそのまま日本に導入することは難しい。しかし、国民一人一人の能力を育て、これを通じて安定就労・格差是正を図るという観点からは、我が国の職業訓練制度の抜本的な見直しを検討する価値がある。学校卒業時点で社会的に認知された一定の技能を身につけていることは、全ての人に「居場所と出番」のある社会の創造に向けて寄与するものと考える。なお、ベルリン手工業会議所から職業訓練に関する当局間の人材交流の提案があった。我が国の職業訓練の抜本的な拡充に向けて有意義な交流になると考えられ、政府を交えて検討すべきと考える。
④日本でも04年にドイツに倣ったデュアルシステムが導入されたが、訓練生の希望に添った受入企業が少ないという課題を抱え、本来の目的を達成できていない。訓練生の受入は企業にとって負担と捉えられがちだが、一定の技能や経験を有する人材を育成することは産業界全体にとって有益であり、ひいては国益を増大するものである。この観点に立ち、一定規模以上の企業に対しては職業訓練或いはインターンの受入を義務づけるなど、一定の社会的貢献を企業に求めることは妥当性が高いと考える。
⑤年間総労働時間は日本の1700時間強(サービス残業は含まない)に対し、ドイツは1400時間弱となっている(OECD統計2014)。ドイツでは労働組合の提案から経営側との交渉開始まで5年間、実現までに更に10年間を掛けた結果、厳格な労働時間規制を導入した。現在では、法律により原則1日8時間(最大10時間)、終業から始業までの間隔は最低11時間(インターバル規制)という規制がかなり厳格に実行されており、長時間労働を行う者も命じた者も能力が低いと見なされる文化が根付いている。その背景には家庭生活を極めて重要に考えるドイツの国民性があるが、同時にゆとりある生活がもたらす労働生産性の高さや様々なアイデアなど、産業活動への好影響を指摘する例も多かった。我が国においても、様々な価値観に基づく多様なライフスタイルを促進することでより豊かな国民生活を実現し、また仕事以外の時間に生まれるアイデアにより高付加価値商品の開発を進めるなど家庭と仕事を高度に両立させる成熟社会へ移行していく必要がある。その第一歩として、より強力な労働時間規制に踏み出し、「長時間労働は当たり前」という文化の転換を図っていく必要がある。民主党では既に「総労働時間規制」「インターバル規制」に関する議員立法に着手しているが、今回の視察を踏まえ、さらに中身の充実を図っていく。
⑥ドイツではパート、派遣などの非正規労働者であっても、比較可能な正規労働者と比べて不利益な取り扱いをする「同一労働同一賃金」の原則が法律で規定されている。また、経営環境や業務の多様化からこの原則の例外をもうける場合であっても、労使間の事前交渉・合意形成が要求される。ドイツの給与体系は職務給が基本であり、また労働者一人一人の業務範囲が明確に区分されるなど我が国の雇用制度・慣行と異なることから、ドイツの「同一労働同一賃金」をそのまま導入することが困難だが、非正規を「解雇しやすい低コスト労働者」と見なすことは労働者の人権を侵害するものであり、許されない。非正規であっても正規以上の能力、成果を挙げる労働者も多く、一刻も早く日本の雇用制度・慣行に即した「同一労働同一賃金」の原則を奉呈することが必要であることを確認した。
⑦ドイツの格差拡大に対する懸念は対談者の多くから表明されたが、その是正策としてSPD系シンクタンクからは「キャピタルゲインに対する累進税制」の導入が挙げられた。この手法は、現在共生本部でも検討している課題であり、格差是正に向けて税制が重要な手段であることが確認された。
(安全保障)
⑧ドイツは大戦後長くNATO域外への派兵は違憲として行ってこなかったが、憲法裁判所の解釈変更により、議会の事前承認を前提に域外派兵を解禁し、アフガニスタンのISAFでは55人の犠牲者が出た。この変更に伴い最も重要視されたことは国民に対する説明であり、海外任務では常に危険があること、それでもなおドイツの国益のために派兵する必要があることを国民に正直に説明し、議会の理解を得ることが最も重要であることが強調された。
⑨先の通常国会で成立した安保法制の概略について説明し意見を求めた所、説明を前提とすれば、ドイツはNATOに加盟し集団的自衛権の行使対象が明確であることに対し、日本の行使対象(密接な関係にある国)は余りに曖昧で、政府の裁量権が非常に大きいことから、ドイツでは考えられず、連邦議会は受け入れないと明言した。
(難民問題)
⑩難民問題はドイツにとって目下の最大の課題であり、直接関係のない訪問先でも度々話題になった。いずれの場合も難民の人権を確保することの重要性は共有しているが、特に難民受入の窓口となっているバイエルン州担当者から現実に大量の難民に対応する困難さが表明された。
⑪ドイツは米国に次ぐ移民大国であり、「パラレル社会(ドイツ国民と移民が交わらない社会)は作らない」との理念で移民にドイツ語を教え、職業訓練を行うことにより、移民のドイツ社会への同化(=減少するドイツ人労働者の補充)を行ってきた。このような理念と経験を有するドイツでも大量の難民の受け入れることは困難である。翻って、このような経験の無い我が国が大量の難民を受け入れることは現実的には難しく、当面の我が国の難民支援策は他の手段によることが適当だと考える。日本の支援のあり方についてバイエルン州当局者は「UNHCRを通じた食糧援助」を挙げた。
(目指すべき社会~ドイツとの関係強化)
⑫ドイツ版「IoT (Internet of Things)」である「インダストリー4.0」を進めるドイツでは、既にこれに対応した働き方の研究を政府が行っている。これは携帯電話やスマホを全ての人が所持し、いつでも、どこでも仕事ができる環境となった時に、如何にこの進化を家庭と仕事の両立に活かすか、如何に際限の無い労働を抑止するかを検討するものである。我が国でも同様の課題を抱えることは明らかであり、早期に検討を開始する必要がある。
⑬意見交換を行う中で、格差拡大、子どもの貧困、高齢化など日独では多くの共通の課題が明らかになり、特にSPD関係者からはこれらの課題に対応するために社会的公正の重要性、教育の重要性が語られた。その問題意識、目指すべき方向性は民主党の理念に共通することが多く、今回の視察でも有意義な意見交換となった。この経験を踏まえ、特にSPD連邦議会議員及びエーベルト財団とは意見交換の中でも継続的な交流の提案があったことから、党の資源の範囲内で交流すべきだと考える。
⑭今回の視察で最も印象に残ったことは、個人としての豊かさを守ることに対して社会の合意があることである。厳格な労働時間規制の背景には、家庭生活を中心とする個人生活、個々人の価値観に基づくライフスタイルを実現する自由な時間を確保することが人生の大きな価値であるとの考えが社会全体に浸透していることがある。我が国では「勤労は美徳」との考えが行きすぎ、家庭生活や個人生活を犠牲にした長時間労働が未だに蔓延しており、社会もこれを許容しているように見える。これが世界有数の経済大国になってから半世紀近くを経過しても、国民が豊かさを感じられない大きな要因となっている。1992年、宮沢内閣が「生活大国」を掲げたが、四半世紀を経過した今も実現できたとは言えない。リーマンショック、東日本大震災を経験し、、「真の豊かさ」を求めて、改めて政治がリーダーシップを発揮する時期に来ている。株価やGDPに一喜一憂するのではなく、国民が如何に豊かで幸福な時間を過ごせるかという政治本来の目的を実現するために、これまでの仕組みを転換することが必要である。その第一歩が長時間労働の解消であり、「できるだけ労働時間を短くする」のではなく、「決められた短い労働時間で如何に仕事を終えるか」という考え方に転換する。これが結果として我が国の生産性を高め、またこれによった生まれた自由な時間が付加価値の高い経済を実現していくものと考える。
「コラム」 ドイツ視察団 団長雑感
自分時間が毎週半分以上あるドイツの労働環境
「働く人への配慮です」――。ドイツでは日曜日や夜遅くの営業は法律で原則禁止されている。その理由を問うと、ドイツの労働組合から、こんな返事が返ってきた。
ドイツでは法律によって、1日10時間以上の労働が禁止され、退社から出社まで休息時間として11時間を空けなければならないと規定されている。規定以上の労働を命じた上司は罰せられ、悪質な場合は、個人で罰金を支払わされるケースもある。
ドイツは、週の労働時間が上限50時間とされており、睡眠時間や通勤時間を除いても、一週間当たり、自分の時間が労働時間より長く確保できる。「自分時間、半分以上社会」と呼べる。
「自分の時間を過ごす権利がある」「家族と楽しく過ごすために働く」――。こんな言葉もドイツで聞いた。
一方、ドイツの女性からは、夜は店が早く閉まるうえ、日曜日も店が開いていないため、買い物に不便、との声もある。
確かに日本ほどサービスが良くない部分も目に付くが、働く側からすれば、ワークライフバランス、つまり、家庭と職場の両立の面から見ても魅力的ではある。
日本は「お・も・て・な・し」の国で、サービスは世界でも優れていると感じるが、一方で日本は米国とともに先進国で労働時間が最も長い国の一つである。“お客様が神様の国”は、長時間労働の国でもあるのだ。
これからも日本は長時間労働を続けて良いのか。
仮に長時間労働の弊害を金額に換算したとすれば、経済的にみても益よりも損失の方が大きいのではないだろうか。効率の低下、過労死、過労による疾病、育児・介護離職増、女性の社会進出を阻むなど多くの弊害が生まれる。家庭での男性の育児や家事の時間が短いほど、子どもが生まれ難いとの国の統計もある。
日本は、長時間労働している割には経済でもドイツに負けている。種々の原因があるものの、稼ぐ力である労働生産性や一人当たりGDPもドイツを下回る。長時間労働を続けていては世界から優秀な人材を獲得できないとの指摘もある。
それにしても日本の長時間労働は未だ目に余る。筆者が30年前のサラリーマン時代、一か月の残業が100時間を超えることもあった。今もこの環境はさほど変わっていない。
日本でも、一周、いや二周以上の遅れではあるが、労働時間の法的規制に踏み切り、ワークライフバランスを確保し、時間内に仕事を終わらせる効率的な働き方を厳しく追求する時期に来ている。